日本メーカーの行き過ぎたリスク回避

今、残業の問題などから「日本の会社の生産性の低さ」がやたらとクローズアップされている。

しかも、日本の技術の停滞が懸念されていて、それは2000年ごろから不況の影響で、企業が極端にリスクを取らなくなったことが一因だとされている。

これは、先日読んだ「宝くじで1億円当たった人の末路(鈴木信行)」に記載してあったのだが、お掃除ロボット・ルンバが大ヒットしたが、日本のメーカーでも、もちろん自動掃除機なんてルンバが発売されるもっと前に開発がされていた。 しかし、

「自動掃除機が、仏壇のローソクを倒して火事になった場合の責任はどうするんだ?」との懸念から発売されなかった・・・と。

 

それを読んで納得した。

お隣の国のように全ての物が自分の国が発祥だと主張するつもりはないが、なぜならルンバが発売される10年ぐらい前に、当時まだ学生だった私は、成田空港でお掃除ロボットが掃除しているのを見たからだ。

それを見て、「あと2~3年したら、きっと掃除ロボットが普及して、私は掃除しなくて済むんだ! やった~!」と思ったのだ。

でも掃除ロボットが発売される気配が全くなく、そんなことすっかり忘れていたころに衝撃的にルンバが発売された。 (もちろん買ったし!)

 

リスク回避というより自分の保身

こんな、めったに起こらない事態を想定していたら、どんな製品も発売できないし、「そんなことが本当にあったのか?」と疑問に思うかもしれない。 でも、思い起こせば私が外資系メーカーの社長だった時に、日本のメーカーには確かにその片鱗があった。

 

当時の取引先は自動車会社に始まり、OA機器メーカー、医療機器メーカー、家電メーカーだった。 多分、読者の方の思いつくほとんどのメジャーなメーカーとその1次サプライヤー、2次サプライヤーに行ったと思う。

 

私の会社の扱っていた製品は、製造工程を改善する特許技術を駆使した先端の製品で、日本での立ち上げ当時には、もちろん日本の導入前例など無い。 (ヨーロッパの実例はたくさんあった。)

日本のメーカーは、若手の方が導入したいと望んでも、たいてい50歳ぐらいの役職がついたオジサンが、「日本での前例が無いなんて、誰が責任取るんだ!」の一言で終わらせることが多かった。

 

営業に行っても、その年代のオジサン達に聞かれることは技術内容ではなく、

「日本で、他はどの会社が使っているのか?」

と聞かれ、大手の名前を上げると、次に言われることは、決まって

「そこでのデータをもらえないか?」

「そこの会社での詳細を教えてくれないか?」でした。

コンプライアンス上、それはできないと断ると、今度は

使用上関係ない、製品の機密情報を知ろうとする

 

たとえば、独自技術を全て公開しろとか、プログラムソースを全て公開しろとか・・・。

それがいかに非常識なことか・・・。

銀行に行って、貴行の金庫の番号を教えてほしいといっているようなものだ。

それも、「何か不具合があったら困るから」とのこと。

 

暇としか思えないのに、多忙?

そして、導入前の検証もやたらと長い。 何か月もかかるし、何ページもある取説の隅から隅まで質問してくる。

それもたいして重要じゃない、まったく的外れな内容だ。

たとえば、製品の機能概要をざっと説明するページで、デザイン的に(技術説明じゃなく)グラフの写真があったとする。 すると、そのグラフについて「なんのグラフですか?」とか「横軸の単位は?」とかの質問がたくさん来る。 こちらも誠実に対応して、「いやこれはデザイン的なものです」と説明しても、「自分はこれはXXX特性のグラフだと思うのですが、そうするとピークはもう少し幅が狭いはずではないですか?」と、勝手に持論を展開してくる人もいた。

 

細部までこだわるのは、いいことだと思う。でも、的外れに執着するのはちょっと違う。 それに、こだわるというよりも、自分は責任を取りたくない一心から、なにか非難されたときに「ここまで調べています」とか、「こう書いてあります」とか言い訳するための行動のように思えた。

 

そんなことが続くと、

「この人達、本当は暇なんじゃないか?」

と何度も思った。

でも、営業で訪問すると、皆さん口癖のように、忙しい忙しいと言うし、夜7時からの会議なんてしょっちゅうあった。

その当時は全く理解できなかったが、今、残業ばっかりしている割に生産性が悪いと騒がれているのを聞いて、やっと何が起こっていたのか理解できた。 忙しいのは、こういう中身のないことばっかりやっていたからだったのだ。

 

会社の不利益なのに自分の立場は安泰という異常

一番、強烈だった案件は、構造上、私の会社が扱っている製品を2台導入しないと、製造工程の改善ができない。 それなのに、2台では失敗した時のリスクが大きいと、お客様が主張した案件だ。

効果が出ないと言っているのだから、購入しなければいいのに、それでもどうしても1台購入すると言う。

その生ぬるい腹のくくり方、決断の仕方が私には全く理解できない!

1台購入するのは、従来の製造工程が完全に失敗しているので、何か対策を取らないと自分が責められるからだそうだ。 

いや、だったら2台購入してくださいと言ったのだが、それだと費用がもったいないそうだ。

「1台購入しても、もちろん多少の変化はでるけど、製造工程としては絶対に成立しない!」と何度も申し入れた。 (しかも書面で!) するとその責任者は変化があれば大丈夫で、あとは手作業で直すとのこと。

 

結果は、もちろん変化はあったが、工程として成立せず、膨大な時間と費用をかけて全部手作業で直す羽目になった。

そして、結局2台目を購入した。

その顧客は、一度に2台購入するよりもかなり高い代金と、手作業で直す費用も膨大な額を支払った。 完全導入するのに6か月もかかり、売る側の私としては、別にいいかもしれないが、時間と手間が無駄な気がして、とても後味が悪かった。

それで本当にリスク回避なのだろうか? 疑問だった。

でも、担当者はいきなり2台購入する責任をとりたくないので(1台は自分の保身のために、前述の理由でどうしても購入しなくてはいけない)、どんなに費用や時間が余計にかかろうと、一度1台購入して、「変化があります」と上司に説明してから2台目を購入する。 そうすると自分には責任がない。

会社の利益より自分の立場の安全を取ったのだ。

そもそも、会社の利益に反することをする方が立場を守れる、そのシステムがおかしい。

 

異常なリスク回避と自分の立場の保身に走る日本メーカーに対し、海外は・・・

その一方同じころ、最近、日本のメーカーの救済によく名前がでてくる、あの台湾のメーカーは、即決でそれと同じ製品を200台購入した!

導入前に1週間か2週間試験をして、即決! 工場の全工程に取り付けることを決めた。

その後も数年にわたり、工場の拡張に合わせて何百台か購入した。

 

その時に、「こんなことしていて、日本のメーカーは大丈夫なのだろうか?」と本気で思った。

あれからはやX年、やっぱり大丈夫じゃないようだ。

 

ちなみに、社長を辞めた後、通訳で金融系の世界を見たら、あまりにも簡単に巨額の儲けが出る世界で、私にはカルチャーショックが大きかった。

 

日本のメーカーは細部まで異常なほどこだわり、ケチで、リスク回避に走り、みんな消耗している割に、儲けが少ない。 でも、本来ならそれらの気質は良い面もたくさんあるはず。 今はそれが行き過ぎているだけなのだと思う。 だから、今、揺り戻しが来ているのだと思う。 揺り戻されて、いい感じに戻ってくれることを切に願う。